ウクライナ危機よもやま

ここ数カ月、米英のコロナからの経済再開で本業の仕事が気が狂う忙しさとなって、こっちの内職はお休みしていたのですが、それも落ち着いてきてやれやれと思っていた矢先に今度は米紙ワシントンポストが「ロシア、ウクライナ侵攻か」みたいな爆弾を落としてくれたのでまた忙しくなってしまいました。

ウクライナについてロシアの人や、ロシア通の人と話すのは(自分自身もロシア内で流布している情報に染まっていない限り)極めて困難です。ウクライナは歴史的経緯と大々的なプロパガンダ、そして現在のロシアの状況に対するルサンチマンみたいな感情が交錯するまさしく発火点になっており、それを200%利用しているのが現政権(というかプーチンさん)であると思います。

「ロシアにとって損得勘定が合わないからプーチンは動かない」という分析も多いのですが、ロシアにとっての損得とプーチンさんにとっての損得は一致しないし、一般的な国民感情と経済的損得も一致しないというのはクリミアで実証されているところです。ルサンチマンの感情とプロパガンダを背景に、強くて毅然としたスタンスをとればとるほど人気があがる、というのは別にロシアに限ったことではなく日本でもみられるところです。クリミア併合の際にНИУ ВШЭのセルゲイ・メドヴェージェフ教授は、

Удастся ли новый российский крестовый поход? По большому счету он стоит на геополитическом мифе, а не на трезвом расчете. В основе всего лежит иррациональный импульс, та самая немецкая Blut und Boden, «кровь и почва», которая подняла сегодня миллионы россиян на солидарность с Крымом…

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この新たなロシアの十字軍は成功するだろうか?これは冷徹な計算に基づいたものではなく、地政学的な神話に基づいたものだ。この核心にはドイツの「血と土」のような非合理的な衝動があり、それによって数百万に上るロシア人が今日クリミアとの連帯を示すために繰り出したのだ。

と、述べています。本業のオフィスにも同じ仕事ではないのですが、ロシア人が数人いて、みなさん超優秀で、外国に出て働いてる(しかも何かと気に食わない英国で)くらいですから現政権にもかなり冷ややかなのですが、やはりウクライナやウクライナの人の話になると微妙な発言が時々飛び出したりします。意地の悪い英国人がそれに突っ込んだりする時は、何もない白けた日本人としては「そういえば大西洋をこえた小島をぶんどるために、何週間もかけて機動部隊を派遣した国があったよね」と混ぜかえしたりするのですが、実際問題として全般的にロシア人のウクライナに対する感覚的執着は、英国人の旧帝国領に対する執着よりもはるかに深くて複雑なものがあります。例えば、「あの」ヨシフ・ブロツキーさん(ソ連で国内流刑・強制労働の刑をうけ、その後追放されてノーベル賞を受賞した詩人)でさえ、ウクライナの独立を深く嘆く詩を書いています。

С Богом, орлы и казаки, гетьманы, вертухаи,
Только когда придет и вам помирать, бугаи,
Будете вы хрипеть, царапая край матраса,
Строчки из Александра, а не брехню Тараса.

余談ですが、数年前にナワリヌイさんがBBCのインタビューを受けた際に、クリミアに関する質問に対して「クリミア?事実上ロシアのものですやん。何言うてはんの」みたいな回答をしてて、まったく逆の回答を期待していたこっちの人達はぶっとんでいました。最近のナワルヌイさんの解放を求めるデモでも、キエフでデモをしようとしたナワリヌイさんの支持者とウクライナの現地のグループの間で(クリミアに対する同氏の見方が原因で)小競り合いが起こっておりウクライナにとっては「敵(プーチン)の敵(ナワリヌイ)もやっぱり敵か」みたいな苦い現実が見えた一幕でありました。

それでは、ロシア、というかプーチンさんは軍事行動を起こすんでしょうか。可能性はそこそこありそうな気がします。プーチンさんとしては、ミンスク2でウクライナをまな板の上に縛りつけたのに、セレンスキーさんが身をよじって逃げ出そうとしてるので、ミンスク2で達成しようとした状態を必要であれば軍事的手段をとってでも押し付けるつもりであると思います。彼の計算は、おそらくそれをすることが損か得かではなく、今やるのと1年後または2年後にやるのとどっちが得か、そしてどうやるのが得かということではないでしょうか(そんなに大規模なことをしなくても東部での紛争を続けてゼレンスキーさんを疲弊させるだけでも半分は目標を達成できそうです)。バイデンさんにとっては、今後はともかく少なくとも今やるのは極めてヤバイとプーチンさんに思わせるか、ゼレンスキーさんに皆のためにまな板の上でおとなしく死んでくれと説得する(脅す)というのが明白な選択肢ですが、どちらも大変難しそうです。

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