ロシア軍がとうとうヘルソンから撤退するということですが、今までの散々な敗退ではなく、今回は事前に発表した上での行動でいろいろ憶測を呼んでいるようです。
おなじみのスタノワヤ氏は、今回の撤退についていくつかのポイントを挙げられています。いつも通り面白く、示唆的なので以下に抜粋します。
1つめとして、露政権も過去の過ちから学んでいる、という点。東部での敗走の際には、本来戦争と政権を支持している国内「愛国者」層からの、政権への激しい突き上げがあった。今回は、一番最初に総司令官のスロビキンが「困難な決定」を下す可能性を示唆し、住民の「避難」や大規模な準備を行うことで、国内保守層に前もって十分な周知を行いこれらの層に対するショックを和らげた。
2つめは、それにもかかわらず、国内保守層には分裂があった。一部はクレムリンの後押しの下で撤退の決定を支持し、また一部は撤退は誤り、敗北であり、恥であると主張した。しかし、この分裂も政権にとっては撤退決定の打撃を和らげる上で好都合であった。クレムリンはネガティブなテーマを扱うことについて学習しており、教訓には軍部にそれを任せないことが含まれている。
3つめは、プーチンは依然として以前のロジックに従っている、という点。すなわち、これは戦争ではなく、「特別軍事作戦」であり、主要な決定は極く一部の専門家が下しているのであり、大統領は直接的に関与していない、というポーズである。一般的には、このポーズはプーチンに有利に働いており、これによってプーチンは責任を免れている、と考えられているが、実際はその逆でこのポーズは大統領にとってマイナスに作用している。
戦争であるという事実を認めないことによって、大統領は弱く、責任を取る能力がないように映っている。「愛国者」たちの「大統領はどこにいる?」という叫びが、これを良く表している。つまり、大統領のこのポーズは自分を助けるのではなく、逆に損なうことになっている。
最後の重要な点は、ヘルソンからの撤退も、意思決定から距離を置くこのポーズのいずれもが、この戦争に対するプーチンのビジョンの論理的帰結である、という点である。このビジョンはプーチン固有のもので、そのビジョンでは、ロシアは領土を求めて戦っているのではなく、土地の「物理的」な占拠自体は目的ではない。
プーチンのアタマの中では、ロシアが戦っている相手は、ウクライナという人工国家であり、その人工物にもともと「領土」などというものが存在するわけはない。遅かれ早かれその人工国家は滅亡し、(ロシア軍による支配によるのではなく)その滅亡によって、その土地は外国の支配から解放される。そのための戦術は、ウクライナの権力を窒息させることである。この概念的な枠組みの中では、ヘルソンから退去するか否かは大した問題ではない。プーチンのアタマの中ではヘルソンは依然として「ロシア領」なのである。