9月下旬のウクライナ軍の反攻の勢いの中で、それに急かされた形で、プーチンも部分的動員に続き、ウクライナ東部・南部の四州併合の発表と(おそらくは予期していたよりも早く)エスカレーションに打ってでています。どこまでも強気のようですが、何を考えているのか、そして動員の実施の混乱がめだつ政権内部はどうなっているのか、ハルキウの敗北後のロシア政権内部の軋み(の可能性)について、R.Politikのタチアナ・スタノワヤさんがまた興味深いコメントをカーネギーのサイトに寄せられていたので、以下に紹介します。
2月にプーチンがウクライナとの戦争に踏み切ったとき、多くの人は、これを大統領とロシアのエリートとの関係が不可逆的に変化する一里塚であると受け止めた。当時、すでにプーチンは、外部の世界と正常に交流する能力を失ったヤケクソの指導者と見られていた。
しかし、エリートに強く根付いた諦念と破滅感によって、大統領への現実的な忠誠は弱まらず、また西側への全般的なルサンチマンも揺るがなかった。また、ロシアの多くの人々が、「他にどうしようがあったのか。これは西側が自分で招いたことなのだから、西側が受けるべき災難だ」と、本当にワシントンとブリュッセルに責任があると考えたことも、プーチンにとって有利に働いた。
しかし、過去数週間において、ハルキウ(ハリコフ)近辺でのロシア軍の退却、部分的動員の発表、そしてそれが総動員になるとの見通し、ロシアがこの戦争に勝てないのではないかという疑念の高まりなど、この微妙なバランスに新たな打撃が加わっている。これら全てから、ロシアのエリートがプーチンに最後まで従う心構えがあるのか否か疑問が生じる。この背景に、核兵器使用の脅威の高まりや、新たな敗北と過去数十年間に築かれたすべてが崩壊する可能性があるということを考えればなおさらである。
動員のシグナル
プーチンの決定に対する批判はおろか、疑問を呈することさえタブー視されているため、ロシアのエリートたちのムードを正確に把握することは難しい。したがって、リーク、個人的な会話、公的な行動など、間接的な証拠から判断せざるを得ない。
最近まで、エリートたちは、非公式の場での不平不満や悲観的な予想にもかかわらず、勝利の代償の多寡にかかわらず、最後まで大統領に従うと見られていた。エリート内の大まかなコンセンサスは、治安部隊や法執行関係者だけでなく、現実的なテクノクラートも同意する、従来の一連のテーゼを中心に成立していた。すなわち、欧米は、ロシアが破滅するまでロシアを弱体化させようとする。ロシアはこの戦争を始めた以上、勝たなければならない。譲歩は無意味であり、ロシアの不利に利用されるため、受け入れることはできない。
この点では、ロシアのエリートたちにとって、動員の発表はむしろポジティブな展開であった。ハルキウでの退却は、敗戦の可能性を垣間見させるものであったが、その後においては、少なくとも明確になったことがある。プーチンの新たな計画は、ロシアが軍事力を増強して占領地を保持し、ウクライナ軍を新たな「ロシア国境」から押し戻す備えをするという構図に見える。また、核兵器を使用するという脅しは、キーウ(キエフ)の西側同盟国の熱狂を冷ますはずだ。
国民投票をやるかやらないか、交渉に応じるか応じないか、などの混乱や情報の錯綜を経て、撃つ弾がまだ残っていることが明らかになったのである。この混乱や錯綜は、どれほど高位のエリートであっても、軍事上のダイナミクスを専門的に理解し、プーチンの頭の中を見抜ける人がほとんどいない、ということから生じている。大統領からの明確な命令がない限り、重要な手続きがいつ、どのように行われるか誰にも分からないのである。そのため、情報が錯綜し、最高幹部からの発言もちぐはぐになる。
これが、全般的な状況の大きな特徴の1つである。非常に狭い範囲の人々を除いて、指導層の誰も、プーチンが何をどのように行うか分かっていないのである。唯一明確であったのは、欧米は直接干渉せず、ウクライナはロシアに勝てるほど強くはないため、負けるわけにはいかない、ということだけである。いずれにせよ、戦いは続くのである。
しかし、動員の実施の混乱と、前線の悲しむべき状況が相まって、根本的に新しい状況が生まれた。ロシアの必然的な勝利という考え方は、ロシアがウクライナを「手に入れる」ためにどれだけの代償を支払う用意があるかということに関する、疑念と憶測に取って代わられ始めたのである。
紛争の長期化と、政権が戦争に投入する資源の増大に伴って、エリートの間における分裂は深くなる。ロシアのエリートが、遠い先の話であっても、必然的な勝利を待っていたならば、これらの分裂は問題にはならないものであった。このように、これらの分裂は空気中を漂い、全員の沈黙にもかかわらず、ますます深刻になっている。
分裂を招く問題
プーチンがエリートの完全な理解を当てにするのが難しい問題がいくつかある。まず、大統領に忠実な少数の一部を除けば、ロシアのエリートがウクライナ問題をロシアの存亡に関わる問題であると考えている様子はない。
プーチンにとっては、歴史的正義、ロシア固有の領土という概念や、西側に私物化された反ロシア的「占領者」から兄弟のウクライナの人々を解放するという願望への固執があり、このトピックは非常に感情的で個人的なものである。しかし、このアプローチは、ロシア指導部の多くのタカ派にすら共有されておらず、テクノクラートについては言うまでもない。彼らにとっては、敗北せずに戦争を終わらせることの方が比較にならないほど重要であり、それは「勝利」の可能な選択肢の幅がはるかに広いことを意味する。
また、核兵器の使用の可能性もロシアのエリート層の団結を脅かすものである。誰もがそれを喜んで支持するわけではないだろう。今のところ、西側に対してプーチンの核の脅威を真剣に受け止めるよう警告している人々の多くは、核が使用されないことを心底望んでいる。しかし、大統領の脅しがますます現実味を帯びてくれば、プーチンとその行動に対するエリートたちの態度が厳しく試されることになるだろう。このことは、大統領の側近でさえも同様である。
また、この戦争におけるロシアの最終目的は何なのか、ということに関しても深い誤解がある。プーチンの公的な発言から判断すると、彼にとっては、特定の地域の併合だけではなく、ウクライナの残りの地域における親ロシア政権の樹立である(西部は分割され、全ての方向に行く可能性があるという前提で)。今のところプーチンは、時間はロシアの味方であり、キーウが遅かれ早かれ陥落することを望み続けている。しかし、より現実的なエリートの多くは、もっと控えめな「成果」、たとえば南東部の併合程度で満足する用意がある。
住民投票が終わった今、ロシアの指導層の非公式の会話からは、この戦争のトンネルの先にある光、すなわち新しい地域の併合後の戦闘の凍結とデ・エスカレーションに対する希望の光の声が聞こえてくるのは、偶然ではない。プーチンはこの計画を自分の心一つに留めることを好んでいるが、これは誤解と期待の分裂をさらに悪化させるだけである。何をもって最終的な勝利とするかという問題については、公式見解もなければ、エリート内での一致もない。
これには、和平交渉の問題も含まれる。春にイスタンブールで行われたウクライナ側との会談をロシアのエリートがどれほど密接に注目していたかを見れば、その需要が存在すると判断できる。エスタブリッシュメントの中で影響力のある者にとっては、会談に臨んで利益を確定させることは合理的な行動であり、必ずしも敗北を意味するものではない。しかし、キーウが消極的であることを別にしても、プーチンがウクライナの現指導部と全く取引する気がないという現実によって、その期待が打ち砕かれることは必然である。つまり、多くの人が失望することになる。
最後に、ロシアがウクライナ打倒のためにいかなる代償も払う覚悟があるのか否か、という点でもロシアのエリートの結束がはじける可能性がある。国内の不安定化と新たな抑圧の波が予想される全面的な動員、制裁と孤立化のスパイラルの進展、輸出収入の減少、予算システムの崩壊、これらのすべてが、「ロシアはどこなら止まる気があるのか」という問いを提起している。そして、クレムリンが、もはやウクライナのために支払うことのない代償はあるのだろうか。どうやら、プーチンとロシアのエリートたちは、この問いに対して全く異なる答えを持っているように見える。
プーチンは、ロシアが思うように勝てないなら、みんなを天国に送るぞと脅して、とことんまで行く気である。エリートたちは、ウクライナに対してまだプーチンの意向に沿う姿勢を示しているが、勝利の必然性に対する信頼は薄れつつある。そして勝利がないのであれば、道は二つに分かれる。つまり、支配エリートに及ぶすべてのリスクが伴う、プーチン政権の崩壊を意味する敗北となるか、物理的な生存に対する全面的な脅威を伴う核論議となるかのどちらかである。
今年の9月まで、ロシアのエリートたちは、敗北を免れるための保証として、現実的にプーチンの側を選んでいた。今や、敗戦のシナリオの選択に迫られる可能性のある状況まで追い詰められている。プーチンとエリートたちは異なるシナリオを選択する可能性があるため、プーチンの立場はより脆弱になっている。